家に帰ると玄関に靴が脱ぎ散らかしてある。

「ああ、帰っている」

そう思って廊下を急ぎ、ドアを開けて、実知は度肝を抜かれるようなショックを覚えた。

知数が振り向いた元気な顔に面食ったのだ。こんなはずがないという光景だった。夫と知数が並んで、欠食児童のように何かを食べているのだ。

「俺たちも今帰ったんだ。ごめんよ、お前もまだ食べてないんだよな。朝ろくに食べられなかったから二人とも腹がグーグー鳴ってな。ほら、バナナを買ってきたし、リンゴもある。お前も早く食べて……」

夫の声が温かく、優しかった。実知は感動のあまり、目頭を押さえた。こんな光景が見られるなんて、こんな時が来るなんて、それも今突然来るなんて、期待できるとは思わなかったのだ。

「知君、どうしたの!」

叫ぶように言って、実知は駆け寄った。ハンドバッグもどこかに放り投げ、知数を抱き締めた。

「ありがとう。知君、ありがとう。頑張ったね。よく頑張ってくれたわ」

「イタイ」と知数の声が聞こえ、実知は我に返って手を離した。

開放感と達成感と幸福感が身の内を満たしてきて、実知は両手を挙げ、「やったね。やったね知君」叫んで何度も腕を突き上げた。

「僕が頑張って良くなったんじゃないよ。あの先生、何かスゴイよ」

「でもね、三鶴先生は言ったのよ。結局自分の選択したようにしかならない。選んだようになる、ってね。お前の最後の選択が物を言ったのよ」と言いながら、あの先生はやはり、あまり人に言わない何かを知っている、と思った。

実知が帰ったあと、草介がレントゲン、自律神経測定、バイト・トライという咬み合わせ試験の結果を丁寧に説明してくれた。

バイト・トライ後の自律神経バランスは交感神経四十八、副交感神経五十二まで大幅に改善していた。その後草介が歯科衛生士に指示し、草介が書き記した順序に従って治療方針の説明があり、質問を受けてくれた。

「家に帰ってよく考えて、わからないことがあれば次回に質問して決めていただいても構わないんですよ」と歯科衛生士は言ってくれたが、和徳はできるだけ早くしてほしいと懇願した。

「あの先生笑わないし、冷たそうだけれど、淡々と、徹底的にやってくれるんだね。お愛想はない代わりウソもないんだよ。お昼の時間もなくなったのに、やってくれたんだ」

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次回更新は2月7日(金)、21時の予定です。

 

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