青白い月が輝く、静かな夜だった。鍵は玄関先にひっそりとうずくまる植木鉢の下にあった。いかにもありがちな、容易に想像がつく隠し場所だ。鍵がなかったらなかったで、ピッキングで玄関を開けようと思っていた。

中に入ると夜のしんと尖った静謐な匂いが、途端に饐(す)えた臭いに変わった。廊下にはごみ袋やガラクタが積み上げられている。

ゴミを家に詰め込むのは、さしずめ心の穴を塞ぐ代償行為といったところだろうか。テンプレートすぎて思わず笑ってしまう。

こんな汚いところで生活するなんて、頭がおかしいとしか思えない。人間というよりは蛆虫(うじむし)だ。雪子は玄関で黒い雨合羽をはおり、パーティグッズの白い仮面とボイスチェンジャーをつけて、靴のまま廊下に上がった。

こういう場面にぴったりのテーマはヒッチコックの『サイコ』で使われた「The Murder」しかないだろう。これもテンプレート、でもぴったりだから仕方がない。

ハミングしながらゴミをまたぎ、薄暗い廊下を行く。

襖を開けると、フローリングの床に卓袱台(ちゃぶだい)と座布団という、なんともちぐはぐな部屋に出た。ここも廊下同様ゴミだらけだ。大きな窓の向こうに広がる庭も荒れ放題で、頭上には飢えた骸骨のような月が浮かんでいる。

「おあつらえ向きの夜ね」

ぺらぺらの座布団を厚底のブーツで踏みつけ、雪子は小さく笑った。

和室と寝室が地続きになっているらしく、襖の向こうから鼓膜を破らんばかりの音量でFMラジオの放送が聞こえてくる。そういえば以前から、田所の家の騒音をなんとかしろと苦情が出ていたのを思い出す。今日でその苦情も解決だ。

「こんばんは」

「誰だ、お前」

挨拶と同時に襖を勢いよく開くと、田所が布団を跳ね除けて飛び起きた。

「さて、誰でしょうか?」