「まもさん、ばあばあはね、昔、すごく貧乏だったんだけれども、そのお隣さんは会社の重役さんで毎日、黒塗りの車でお迎えに来るのよ。

まず、皺(しわ)も汚れも一つもないスーツを着た運転手さんがそのおうちのドアを開けて、深々と頭を垂れて『おはようございます』。そしてすぐに『鞄(かばん)をお持ちしましょう』と言って持ってくれるのよ。そして、車のドアを開けて『お足元に気をつけてください』と乗車を確認して車を出す。この光景よく覚えていて、一回これを経験したかった」と語りました。

考えてみればデイサービスの送迎も形だけは母の言う『重役の出勤』とよく似ています。

毎朝、ヘルパーさんがお迎えに来て、荷物を持ってもらい、黒塗りではありませんがワンボックスカーのドアを開けてもらい、スーツは着ていないが、ポロシャツ姿の運転手さんが車を走らせる、ここにも母が「受け入れがたい」事実に新しい意味を与えて、それを現実として受け入れていたことが分かります。2

受け入れがたい事実を受け入れるための妻が用意した仕掛けが面白い。

妻は母がとても働くことが好きだということをよく知っていました。だからこんなことを仕掛けてみました。

母の年金振り込み用の通帳は、妻が管理しています。妻は月末、その通帳に「1万円」を入金し、「振り込み元 ○○市役所」と記入します。そしてその通帳を見せます。

「ばあばあがよく働いているから、市役所が毎月お給金を振り込んでいるんだよ」

母は満足顔で「ありがたいね」と言いました。

受け入れがたい事実を受け入れるストーリーが作られれば、それに沿ったストーリーをこちらが用意する。これが大切だと言うことです。

また難しいことをいう「頭でっかち」がいます。「そういう言い方は人を騙(だま)すことだ。倫理に反する」