その手前は崖の下まで田畑が広がり、その中に何軒か農家が散在していました。煙突からは夕餉の煙が立ち上り、温かな心地良い風が吹いてくるのです。
その景色を眺めていると、私を締めつけている紐が、緩く解けるような気持ちになるのです。そして離れ離れの母や兄達の事を思い出すのでした。
「水仕事で荒れていた母の手は、綺麗になっただろうか」
「兄はこの間の話のように、寮の友達と洗面器を鍋にしてすき焼きをしてるのだろうか」
「今度はいつ帰ってくるのかな」
そんな時、自分の境遇や貧しさの事は頭に浮かびません。私の毎日の生活は、私にとってはそれが「私の普通」だからです。ただただ、ボーっと眺めながら、何にも束縛されず、ゆったりとした空間にいる心地良さを感じていたのです。
夏は、つゆ草とナズナの花がたくさん咲いている細い崖道をカバンを抱えて駆け降りるとすぐ我が家がありました。弟と妹は、広い庭に穴を掘ったり字を書いたりして、遊んでいるのでした。
六十年近く過ぎた今、懐かしく思うのはその坂の上からの眺めと、下に見えた麦藁屋根の家です。今その坂の上に立ったなら、私は何を思うでしょうか。
また、麦藁屋根の大きな家のあの広い土間の匂いは何を語ってくれるでしょうか。目をつぶるといつも瞼の裏にあるのですが、遠く手の届かない所に浮かんでいるのです。
夢のような町営住宅への入居
私が高校二年生になる頃です。我が家に予想もしない幸運が舞い込んできました。私の家の近くに町営住宅が二十棟近く建てられ、そこに入居出来ることになったのです。
次兄はその直後、大学に進学し家を出たので、家は私と弟と妹の三人暮らしです。三人で生活するにはとてもぜいたく過ぎる家でした。
カギを頂いて初めて戸を開けた時の感動が甦ってきます。これまでの「ガタ・ガタ・ガタ」と力を入れて引くのではなく「カラカラカラ」と軽く開くガラス戸でした。
開けた目の前に作りつけの靴箱があり、ピカピカの廊下がありました。中に入ると畳の部屋が二間あり、新しい木の匂いと畳の匂いがしました。それは、草藪の匂いのバラック小屋や土間の土の匂いの麦藁屋根の家とは比べようもありません。
頬をつねる位夢を見ているようでした。何よりもトイレが家の中にあり弟と妹は大喜びです。これまでトイレは外で、夜はとても怖かったのです。
「姉ちゃん、便所に行きたい」と、言われる度に付いて行くのが大変でした。
新しい綺麗なトイレになり、早速ピンクの可愛いスリッパを買ってトイレに並べたのですが「トイレには清潔感のある色がいいのに」と、次兄に言われてしまいました。
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