飛行船の原理は風船と同じだ。苺ファームの飛行船は、大気より軽いヘリウムガスと水素ガスで浮力を得ている。飛行船本体の巨大な中空フロートの内部はエンベローブと呼ばれる何層かの皮膜で区画されている。

高価なヘリウムが封入された区画は密封固定されていて調整はできない。上部にある水素の区画にはバルブがあり、空気と水素を入れ替えられる。水素はヘリウムより比重が軽い。

この飛行船は水素ガス区画に水素ガスを満たせば浮かび、水素ガスを放出して空気に入れ替えれば降下する仕組みになっている。水素は使い捨てだ。水素は、ファームの結露から回収した水を電気分解して得られる。

電気は飛行船の全表面の太陽電池シートで得られる。バッテリーに蓄えられた膨大な電力は飛行船を推進するローターを回し、各所をヒーターで温め、水素を電気分解で生成する。

可燃性があり危険な水素は地上に降りた時には全量、大気に放出されている。

飛行船は水素を放出しながら高度を下げていった。

遠くに4隻、僚船が見える。同じような飛行船ファームは、この空域に何隻もいる。みな汚染の無い世界で、高単価の高級野菜や高級果物を育成して収益を得ている。

コンピュータが高度を告げる、美しい蒼の世界は真っ白な世界を抜け灰色の世界に移った。雲の中に降下し、雲海を抜けると、淀んだ世界が現れた。曇天の中、雨が降り出していた。昨日までの高気圧の空域から外れて、飛行船は低気圧の領域に入っていった。

操縦席の床のガラスを通して飛行船専用空港のフィールドのアスファルトが見えてきた。飛行船は厳密には着陸しない。自動で下ろしたワイヤーで地上に固定はされるが、高度20メートルに浮かんだ状態にある。

飛行場にある鉄塔から連絡通路が伸び、飛行船のファーム部分の側面のエアロックに接続される。そこからでないと下界とは行き来できない。

害虫や有害ウイルス・細菌を飛行船内に持ち込まないようにするための検疫の仕組みだ。上段の連絡通路を通り、苺収穫用ロボがファームに入っていく。智子たちが地上にいる間に苺の摘み取り出荷はロボットがすべてこなす。

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