第1話 天空の苺

明日着陸ということで、朝早くから智子は孝太と協力して準備を急いだ。出荷用の区画の苗につながる給水ユニットを外さなければいけない。地上に着けば苺の摘み取りは地上にある農協のロボットがやってくれるが、摘み取りに邪魔なチューブは予め避けておかなければならない。

しっかり働いて、ぐったりしたが、智子は夕食も奮発して料理した。池の鱒を二尾締めて、オーヴンでローストした。途中スモークもかけた。塩をした皮目もこんがり狐色に焼き上がり、最後に自家製ハーブオイルを振りかけた。

先週、孝太と二人で搾り取ったオリーブオイルに、今朝摘んだローズマリーとバジルの葉を漬け込んだものだ。付け合わせにはベイクドポテトを添えた。

自家製シードルに蜂蜜を加えたものをデキャンタに入れ冷やしておいた。それをフルートグラスに注ぐ。発泡した黄金色の液体はかすかな音を立て、シャンパンのように見えた。

二人きりの乾杯。その後の食事も孝太は喜んでいるように見えたが、智子は孝太の表情に少し影を感じていた。

食事が終わったところで、智子はデキャンタとグラスを持って孝太を操縦室に誘った。

ここ数日は高気圧に覆われ空気が澄み、海岸線の都市の光がくっきりと見えた。操縦室から見渡す地表の夜景。ダイヤモンドダスト。無数の光の粒……智子は少し高揚した。だけれども孝太は夜景に全く興味はなかったようだ。

「もう寝るよ」と言って孝太は一人ベッドルームに引き上げていった。

こんな夜景は滅多に見られないのに。智子は少し興醒めした。本当は二人で小さな光を見つめていたかった。

素敵な世界にいる自分の幸せを思っていたのに、少し裏切られたような気がした。しばらく智子は一人暗い操縦席に座り、蜂蜜入りシードルを飲みながら真夜中の地上世界を見つめていた。

汚染が進む熱い世界は、この後どうなってしまうのだろう? デキャンタの蜂蜜入りシードルを智子は一人で飲み干した。

「孝太のやつ、地上のなにがいいのかな」

智子は少し千鳥足でベッドルームに戻った。上着を脱ぎながらベッドですやすや眠る孝太の横顔を見た。孝太の無防備な寝顔は子供のようなあどけなさを浮かべていた。

そして、智子は、いつの間にかそれをずっと見つめている自分に気づいた。内側から想いが波のように込み上げてくる。智子は自分が孝太を、どうしようもなく愛していることを酔いの中で思い知った。

ベッドに入り、孝太の寝顔を息がかかるほど間近で見た。閉じた瞼(まぶた)はかすかに嬉しさを浮かべているような気がした。何か楽しい夢を見ているのだろうか。智子は、自分が知らない孝太がいることが、少し怖かった。