白鳥さんのそれにつられるようにまなじりに放射状のしわを寄せて、焼酎グラスを空けた。それを追いかけるように、月子は氷が溶けて水っぽくなったハイボールを飲み干した。
酩酊という言葉がしっくりとくる瞬間を二人で共有していた。一夜にして奥さんを亡くして、その苦しみから逃れるために転勤で海外へ行くことを選んだ白鳥さんに比べると、月子の過去は些細なつまずきに過ぎないかもしれない。でも母との葛藤を打ち明けてしまったことに後悔はなかった。
白鳥さんにとってなくてはならない奥さんと暮らすはずだった、終のすみか。亡くなった奥さんが体験した恐怖を白鳥さんが追体験することでしか供養できない悲しみ。不可解な疑念。到底及ばない悲しみや苦しみだけれど、月子は、私はここにいると、白鳥さんに伝えたいのに言葉が出てこなかった。
二人が生きている現実は重なることはないのかもしれない。それでも、白鳥さんは白鳥さんであってそれ以外の何者でもないし、私は私であってそれ以外の何者でもないということだけが確かなことだ。
けれど、オルゴールのゼンマイを巻くように月子の時間はいつも巻き戻されて、未来へ進むことがない堂々巡り。いいようのない孤独の波がひたひたと月子の胸に広がって溢れ出てしまいそうになった。
「月子さんは弱くない。弱くないよ」
黙っていた白鳥さんが、思い出したようにそれだけ言った。
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