「私、母のこと好きじゃなかったんですよね。母のような大人になるくらいなら、四十歳にも五十歳にも六十歳にもなりたくなかった。人の寿命が三十歳だったらいいのにって、二十歳ごろまでそう思ってました。DV受けたとかじゃないんですけど。DVの一種だったのかもしれないけれど。普段は、自他ともに認める良妻賢母で、でも私は常に母の圧力を感じていたんですよね。
それに、時々激情するんですよね。成績が落ちたり、素行が悪かったりすると。でも、未来の自分のロールモデルがなぜか母親くらいしかいなかったんですよ。学校の先生も親戚のおばさんも、周りの大人は大差はなくて、堅実だけれど、ストレスのはけ口は女同士の妬みとか嫉妬とかで。
でも結局、安全な場所で状況に流されるまま生きてきた私が弱かっただけのことなんです。学生の時に知り合って付き合っていた人と結婚の約束をしたんだけど、母に猛烈に反対されて。母や叔母が進める見合いも何度かしたけれどそれもダメで。会社の同僚と結婚したんです。ものすごく対面のいい人でね。母は一応納得しましたけれど、結局、彼と私とは合わなかった。後悔ばっかり」
月子は一気に喋って、言葉が途切れた。
「ごめんなさい、白鳥さんにこんな話して」
白鳥さんは黙って、首を左右に振って日本酒をスルスルと口に運ぶ。
「お墓参りの日、三姉妹で話をしたんだけど、面白いことに妹の母に対する見方が全然違っていたんですよ。妹は、母と同じお墓に入りたいって言うんです。私はまっぴらごめんで、まあ無縁仏か、何ならお墓はいらない、骨も拾ってもらわなくていいと思っているんですけどね。供養する人もいないですしね」
月子は自分のことを鼻で嗤うかのように息を吐いて、ハイボールに口をつけた。