僕は椅子に腰掛けながら、お前に声をかける。
「もういいか? やめとく?」
「うん」
「なら、水分取っとけよ」
頷くお前を見ていたら、ああ、本当にこのまま弱っていくんじゃないかと不安に駆られ、僕はしきりに手を閉じたり開いたりしていた。そしてずっと話しかけ続け、お前はうん、うん、と頷くばかりだった。
結局二時間そうやって、僕は喋り倒した。
お前がふと顔を上げ、目を細める。笑っているというより、目が眩(くら)んだというような感じだった。僕は少し顔を寄せて、どうした?と尋ねた。お前はゆっくりと目を瞬かせる。二、三度そうやってから、あのさ、と続けた。僕は耳を澄ませて次の言葉を待つ。
お前が身を寄せてきた。椅子に座る僕の膝の上に、額を乗せる。
スラックス越しにお前の微かな体温を感じた。僕は右手を持ち上げてお前の頭にそっと乗せ、痛みが訪れないように撫でる。
ああ、似たような光景を最近見たなあと思って病院の母娘が浮かんだ。
そうか、やはりあの時お前の部屋から溢れ出した繊維はお前から綻んだ一部で、僕に到達していたのか。そして僕の内部に入り込んで絡んで今こうやって、結びついている。
ならこの状態が僕とお前とを繋ぐ命綱の適正距離か。
僕は今、拒絶されていない。
お前に、受け入れられている。
繋がれている。
繋いでいる。
窓の外では鳶(とび)が空高く舞っている。落下することなく上昇気流を掴んで尾羽を巧みに操り、輪を描きながら舞い上がって行く。甲高く鳴くその声を聞きながら、僕はお前の事を守らなければと思った。
【前回の記事を読む】「少し、しゃべ、るよ」酷い怪我のまま、配信に来た親友。笑っているけど、僕には、それが本当に笑顔なのか分からない。
本連載は、今回が最終回です。
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