「あの、手伝おうか」

お前は机の上に置かれたサージカルマスクの箱から一枚抜き取ると、ゴム部分を耳に掛けて口に充(あ)てがう。次にお前の名前の下に薬剤名と用法、薬局名が印字された紙袋から軟膏壺を取り出して指で掬い取り、右目辺りと額付近に塗り込む。そしてお前が風呂場の方に消えて行った。

二分後、頭に包帯がない以外はほぼフル装備のお前が顔を出す。

「気持ち悪い、しょ」

薬はベタベタするしね、そう言いながらフローリングに座った。そんなことないさ、言おうと思ったが曖昧に笑うことしかできなかった。頼りがいのない男だと思われたかもしれない。

まじまじとお前の体を見た。スウェットに包まれたその体はだいぶ窶(やつ)れている気がする。顔の形はともかくとして、体全体が明らかに細っている。口や顎周りに損傷を負っている今、まともな食事が取れていない事は母親から聞いていた。そのせいだろうか。それにしても。

目の前のお前は、とても脆弱な生き物であるように見えた。

「食事、何なら食べられる?」

熱で臥せっている子供に尋ねるように接してやると、お前は緩く首を左右に振った。

「食べんといかんぞ」

「言われたくないなぁ」

「僕は少食なんであって、食べないわけじゃない」

お前は膝を抱き込んで座ったまま、あまり動かない。膝の間に顔を埋め、ただでさえ聞き取りにくい声が更にくぐもる。

僕はキッチンの方へ移動して冷蔵庫を開けると、母親が用意していったのだろう惣菜が未開封のまま放り込まれているのを見つけた。適当に手に取ってカトラリーケースから箸とフォークを取り出してお前の所へ持って行く。机の上に広げて、食べるように促した。

お前はぎこちない手付きで箸を持つとラップを開けて中身を突(つつ)き始めたが、マスクをずらして一口運んだ所でやめてしまう。顎の蝶番(ちょうつがい)が壊れてしまって、口を開けることが辛いのだ。裂傷の酷い唇を見ていると、惣菜にかかっていたタレが毒のように思えてならない。