「貴方、貴方、大丈夫なん?」
「貴方、貴方、大丈夫なん?」
美紀は靖夫が悪い夢にでもうなされているのかなと思い、半身を起こして軽く靖夫の肩を揺さぶった。靖夫は目を覚まさなかったが唸り声は止まった。チラッと見た枕元の時計は午前一時を少し回った頃を指していた。
「悪い夢にうなされるなんて子供みたい。少し疲れているのかしら」
そう思い美紀は労わるような視線でもう一度靖夫の顔を覗き込んだが、靖夫は安らかな顔に戻り寝息を立てていた。美紀は子供の頃母にされたように靖夫の頭を優しく撫で再び靖夫の隣で横になった。
そんなことがあった日から五日ほどが経った激しく雨の降る夜だった。美紀はまた唸り声で目が覚めた。大丈夫かとの声を掛けようと寝たまま美紀が靖夫の肩に手を置いたときだった。
靖夫がカッと目を開き、突然跳ね起きて美紀に覆いかぶさった。一瞬手荒い愛撫かとも思ったが、靖夫の左手が美紀の肩を抑え、右手は美紀の首に掛かり強い力で喉を掴んだ。
美紀は息が詰まった。豆電球の薄暗い灯りの中でさえ靖夫の目が血走っているのがわかった。唸りを発する口からは獣じみた口臭と涎が垂れていた。尋常ではない夫の振舞に強い戸惑いを覚え、どうしたらいいかわからなかったが首に掛かった靖夫の手から力が抜かれることはなかった。
意識が遠退きかける中で、このままでは殺される。そう思った美紀は伸し掛かる靖夫の腹を下から思いっきり蹴り上げた。一端は離れたが靖夫はなおも美紀を組み伏せようと迫って来た。意味不明の言葉も喚き散らしている。
「ぎゃー、何するの! やめてっ、やめてー!」
美紀は逃れようと悲鳴を上げながらバタバタと這い部屋を必死に逃げ回った。突然、部屋の廊下側の障子が勢いよく開いた。
「静かにせんか! 靖夫!」
二階の物音を聞きつけて階下から上がって来たパジャマ姿の義父の道夫だった。一直線に暴れる靖夫に向かって行った。