僕の大学デビュー天下取り物語
「そういや明日って何時に家出るんだったっけ?」
満里奈が話しかけてきたので、僕の憂い事は一時中断した。
「十一時くらいでいいんじゃない? 早めについてチェックインまで時間持て余してもあれだし。」
「えーでも早めについて、向こうでなんか色々見て回ろうよ」
「ああ、じゃあそうする? 観光は次の日かなって思ってたけど」
「どれだけ観光してもいいじゃん。霧島だよ? 早めに行こうよ」
「まあ霧島は温泉くらいしかないだろうけど……じゃあ早めに行くか」
「うん」
明日から大学は三連休で、僕は満里奈と鹿児島の霧島に二泊三日で旅行に行くことになっていた。すごい楽しみな反面、ボクシングを三日間も休むことに少し不安を覚える。弱くならないだろうか。
ただもし金髪坊主へのリベンジをもうしない道を選ぶなら、そんな不安もなくなるのだろう。とりあえずこの三日間は何も考えないようにしよう。こんな僕の規模の小さな復讐劇は、少なくとも満里奈には関係のない話なんだから。
「ビール」
「また、る?えーっと、ルーマニア」
「アルコール」
「る、る……ルクセンブルク!」
「クロール」
「る、る……ルールは言ったでしょ……る……あっ! ルノアール! カフェの! 東京にあった! ルノアール!」
「ルイスキャロル。作者ね、不思議の国のアリスの」
「もう、なにそれー! る、やめてよ! 面白くない!」
霧島で行く車内で話すことがなくなった僕らはずっとしりとりをしていた。
僕は得意の「る」攻めで満里奈をからかって遊んでいた。口を尖らせる満里奈は可愛いし、普段少し気の強い満里奈の優位に立てるのはなんか嬉しかった。
ちなみに「る」攻め返しをされても、僕はルールとかすぐ出そうな言葉を抜いて「る」で始まり「る」で終わる言葉をあと五つは持っている。そのおかげで一対一のしりとりは負けたことがなかった(こういう些細なゲームでも負けるのが嫌で調べたことがあったのだ)。
霧島には昼前には着いた。満里奈が八時には僕を叩き起こし、十時には家を出たから。
鹿児島市内や桜島なんかの観光地は最終日に廻る予定だったし、神社や公園の霧島の観光地は二日目に行く予定だったので、案の定僕らは霧島に着いたものの行くところもあまりなく、チェックインの十六時までの時間を持て余した。
ご飯を食べて適当に温泉街をぶらぶらして、満里奈が煙草を吸いたいと喫煙所に向かったので、ボクシングのために煙草をやめていた僕はお土産屋に入って時間を潰していた。
喜怒哀楽のどの表情でもないこけしをなんとなく眺めていると、僕の後ろから知ってる声に呼びかけられた。