夜を待った。水口城は本丸と二の丸とで構成されており、水堀と石垣で囲まれた本丸は御殿となっている。
侍屋敷があるのは二の丸であった。その二の丸は東海道を北に迂回させるような形で本丸の北虎口(こぐち)と繫がっていた。二の丸は堀も石垣もないことからその分警備が厳重であった。
太一は本丸から忍び込むことにした。石垣上の土塀の屋根の隅に鉤縄(かぎなわ)を何度か投げ、鉤をそこに引っ掛けることができた。
こちら側の木と縄で結び、両足に『水蜘蛛(みずぐも)』といわれる水器を嵌め、縄にぶら下がりながら水面を滑るようにして進む。こうすると身体をあまり濡らすことなく堀を渡ることができる。
いまは夏であり、堀の中を泳いで渡ることもできそうだが、堀の中には乱杭(らんぐい)や逆茂木(さかもぎ)が仕掛けられており、さらに菱も植えられていて足に絡みつく。そこで、このように鉤縄と水蜘蛛を使うのである。
石垣に到達した。石垣の間に苦無(くない)を差し込みよじ登っていく。さらに鉤縄を伝って登っていき屋根に達した。
瓦屋根を伝い北口虎の高麗門(こうらいもん)と櫓門(やぐらもん)からなる枡形門(ますがたもん)を越えた。下にいる門番たちは上にはあまり注意を向けない。太一はやすやすと二の丸へと忍び込んだ。
与一は二の丸の隅の狭い長屋のようなところにいた。太一は猫の鳴きまねをして与一を呼び出そうとした。
「ニャーオ、ニャーオ」
中から引き戸を薄く開け、あたりを警戒しながらそっと姿を現した与一は小柄で年老いた忍びであった。太一は与一に協力を求めた。