一
カホが言う隅田公園とは、その中でも言問通りに面した牛嶋神社の隣を指す。僕の家からはもっとも近い公園で、中心に花見をする大きな広場と池があった。ここは水戸の徳川邸跡を公園の一部にしたらしい。
僕は牛嶋神社の鳥居から入り、そのまま左に抜けて公園内に入った。池の前に藤に覆われた東屋があり、僕はそこの木のカギ型の椅子に座っていようと思った。池には珍しく鶴がきていた。まだカホは来ていないらしく、ホッとした。
しかし、いつもそうだが、言問通りと三ツ目通りの車の通る音がうるさいのと、隅田川の岸辺の上を通る高速道路が景色をアンバランスにしていて、妙に落ち着かない。
都会の公園とはこんなものかもしれないが、せめて今日は静かな公園であったらどんなにいいかと僕は思った。
「河田君……」
カホが僕が池を眺めている横から声をかけてきた。普段はタッキーと呼ばれるのだけど、時々河田君と呼ばれたりもする。どちらもカホから言われると、なんとなくうれしい。
「おお、来たの?」
カホは黙ってうなずいて、そのまま僕の横に座った。こういう時、この東屋の椅子が長いので助かる。
「ごめんね、呼び出すようなことをして」
「珍しいよな、相談なんて」
またカホは黙ってうなずいたようだ。もうこの時僕はカホに顔を向けず、池の方に
視線を向けながら話していた。その方が多少でも話しやすいと思ったからだ。カホも同じように僕の隣にいて、顔は池を見つめたままのようだった。
「わたしね、わたし、もう学校に行けないかも知れないの」
「えっ?」
思わず、僕はカホに顔を向けた。てっきりユーのラブレターの相談だとばかり思っていたので意外だった。
「どういうこと?」
「この間、夜中にお母さんが小さく電気をつけて、泣いていたの。わたし、何があったのって聞いたんだけど、かほ、かほって言って何も言ってくれないのよ。次の日に聞いたら、わたしが来年行く高校のお金がないんだって」
僕は急に目の前の世界の色がなくなるような気がした。
「おばさんが……」
「そう、わたし学校なんか行かなくていいのよって、すぐ働くからって言ったの。そうしたら、そんなことさせられない、高校までは行かなくっちゃねって」
僕はさっきまで学校で考えていたことが急に恥ずかしくなってきた。カホは全く違うこと、とても深刻なことを考えていたのだ。