ザクッ、ザクッと足を踏み入れるたびに鳴る雪の音を聞き、汗の出具合、呼吸の調子など自分の体調を観察しながら、いつもの山行がそうであるように、足を振り上げる動作をただ繰り返すだけの、無意識の世界に入り込んでいった。
白萩川の河岸はまことに広いが、厚く積もった雪によって水流はほとんど視認することができない。
天気は良く、南中を迎えつつある太陽の光は白い雪面を輝かせ、穏やかな微風がそよそよと流れていく。辛いラッセルではあるが、ペースをコントロールして心拍数と息を上げないよう努めれば、辺りの景色を眺める余裕はある。冬のこの時期、剱岳周辺でこんなにも穏やかな天候はめずらしいものだ。
鬼島と川田の進む道は、白萩川の左岸から右岸に移り、ブナクラ谷が白萩川に合流する出合に達した。ブナクラ谷が左から白萩川に合流する地点を過ぎるとすぐに、左側の斜面の樹木の枝に赤いリボンが括りつけられていた。
「マーキングがありますね」と、先頭でラッセルしていた川田が歩を止めた。
「ああ、あれは赤谷尾根への取付だ」鬼島がその赤いリボンを見上げながら答えた。
「取水口は、まだ先ですよね」
「まだ三分の一くらいだな。替わるぞ」と、鬼島は言って、立ち止まっている川田を抜かして前に出た。
雪に覆われ、形を変えた白萩川沿いの道は、上流の取水口に向かって延びている。陽は高くなったとは言え、冬の空気は緊張感を保ったままで、ラッセルで上気した頬に心地良かった。