また一回り肩を落とした父親が、細かく頷き続けている。母親はこちらの視界の片隅で、正座の上でもごもご動かしている指先に視線を落としている。
「透は、どうだったのでしょうかね?」と父親が聞く。
「お願いしたとおり、やっぱり知りたいのです。知ってどうなるものでもないとはわかってはいるけれど」
主人が言うと、ようやく、目を逸らし続けていた長倉の母親が顔を上げる。物乞いのような目が、こちらをえぐる。
「はい、もちろんです。そのために、今日は参りましたので」
そう言ってはみたものの、さあ、どこから話そうか、と天井を仰ぐ。そうして、あの時の、あの山行の記憶を探り始める。
そうだ、まずはあの日、鬼島さんと二人で富山駅行の夜行バスに乗ったのだ。そして富山地方鉄道の上市駅まで達してからタクシーに乗り込み、剱岳の登山口である馬場島を目指したのだ。
「そうですね、あの山行の入山の日、まず私と鬼島さんは……」
と言い出すと、あの時の記憶が鮮明に蘇ってくる。厳冬期の凍てついた空気の匂い。馬場島へ向かう途上で見えた、冬の剱岳の雄々しい姿。そうだ、あの時既に、冬剱は白い雪の鎧を纏い、頂稜は強風に曝されて雪煙を上げていた。まるで、咆哮を上げて、我々を威嚇しているようだったのだ。
そうして、長倉の両親の前で、長倉と、そして鬼島が命を落としたあの山行の一部始終を語り始める。