「そちらも怪我をされて、入院されていたのでしょう? 大変だったでしょう」

そうして言葉を繋ぐ父親も、そのうちに視線は卓の上を泳がせるようになり、気づけばあまりこちらを直視することもない。言葉も尽き、また沈黙が混じるようになると、父親が「お茶をどうぞ」と勧める。

呼応して冷め切った湯呑みに手をかけ口元まで引き上げた時、あの滑落事故による凍傷で切り落とした右手の中指、薬指、そして小指の三本の切り口を、長倉の両親が見つめる。視線を感じたまま湯呑みを下ろすわけにもいかず、そのまま茶を飲む。湯呑みを置くと、右手を握り、左手で覆う。

でも、左手もまた、薬指と小指を切断したので短い。隠しようもない。

「大変でしたでしょうね。私らには想像もつかないけれど、そりゃあしんどいのでしょうね」

そう言いながら、一回り肩を落とした父親が小刻みに頷く。母親はまだ、卓の上に視線を落とし続けている。

「もう大分良いです。ほとんど支障はないですし」

「いや、しかし。大変でしたでしょう。透と一緒に、雪に埋まってらしたのですもんね」そう言われると、そうだ、自分も雪に埋まっていたのだと、改めて思い出す。

  

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次回更新は12月28日(土)、8時の予定です。

  

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