第一章 初夏の弔問

しかしもう部屋を出なければならない時間で考え込んでいるわけにもいかないので、まあ、それ以外の意図はないのだろうと半ば無理やり思い聞かせ、便箋を茶封書にしまう。ビジネスバッグに入れようかと取り上げるが、間違って長倉の両親の目につくようなことがあってはいけないと思い直し、しまわずに机上に置く。

立ち上がり、用意しておいた菓子折りの手提げを手に取る。これも心配になって中身を確認すると、菓子折りはきちんと二つ揃っている。一つは長倉家用、もう一つは鬼島さんのところへ持っていくもの。そうだ、「アレ」も持っていかなくてはと、もう一つ、準備してあったビニール袋を取り上げる。

それはあの日、入山前に伊折の林道終点で雪に埋めておいたもの。無事下山したら回収する予定だったもので、鬼島さんの着替えの下着やシャツと、厚みのある紙袋が入っている。念のため、これも中身をもう一度確認する。

紙袋の中身も確認すると、やはり間違いはなくアダルトDVDが十二枚入っている。全く、こんなものを山行前にデポするとはバカバカしくて呆れる。あの、冬の剱岳の小窓尾根の登攀は予備日を含めて一週間ほどの計画だったから、その不在中に奥さんに見つかるのを恐れたのか。でも、そんなことを気にするような細かい性格ではなかったはず。

彼を象徴するのは、圧倒的な登攀能力と揺るぎない判断力だった。サラリーマンとして組織で働いた経験もなく、愛想もなければ口も悪いが、いつも豪快で、自分の生きざまに微塵の迷いもなく余裕を滲ませる立ち居振る舞いだった。その鬼島さんが、奥さんにアダルトDVDが発見されるのを気にするとは。

タンスの上の写真を手に取る。鬼島さんと一緒に、マッターホルンの頂上で撮影したものだ。この時はヘルンリ稜を登った。マッターホルンの登攀ルートの中では一番簡単なルート。

そうだ、この時、鬼島さんは北壁を狙っていたのだ。高度順化も兼ねて良いウォーミングアップになるからと、鬼島さんにとっては簡単すぎるルートだったけれど、自分に付き合ってくれた。この時も、圧倒的な登攀力でリードしてくれた。そして、その写真の中の、分厚いウェアとヘルメットの間の髭面は、二人とも満面の笑みである。

その写真の、鬼島さんの顔を親指でなぞる。

早く、迎えに行きますから。必ず、探し出しますから。