「川田でございます」
ちょうど上司くらいの年配者を前に、営業口調で腰を折る。
「どうも、長倉です。透の父親です。お忙しいところありがとうございます」
背が支えるわけでもないのに、屈みながら襖戸の敷居をまたぎ居間に入ると、長倉の父親を追った視線がそのまま、開帳された仏壇に届く。部屋の一角を占領しているその黒棺から、線香の細い煙が延びている。その煙に巻かれたオレンジやピンクの仏花が瑞々しい。
仏壇にとらわれていることに気づいたのか、長倉の父親は「そしたら、まずは透に」と言うので、たっぷりと綿の張った艶紫の座布団に座って線香を取り、火をつけて手を合わせる。
長倉の仏前で手を合わせるのは長倉の奥さんと子供がいる自宅に続き二度目で、ここにも位牌があるのかと思ったらやはりなく、巨大な遺影だけがその黒棺を占領している。少しうつむき目をつぶって、一呼吸置く。
頃合いを見計らって顔を上げ、遺影と目を合わせる。そういえば、葬儀の時も同じ遺影だった。屈託なく顔を崩した、おおよそ山屋とは思えない素直な笑顔。
「位牌はね、透の嫁さんのところにあるので、ここは写真だけなのですがね。どうしても、こうしておきたくて」と父親が言ったところで人の立ち入る気配がし、川田が振り向くと、盆に茶を載せてきた先ほどの女性が、畳を擦って入ってくる。
仏壇を外し、卓袱台につき菓子折りを袋から差し出す。女性は差し出した菓子折りに手をかけて引き寄せ、盆に載せてきた蓋つきの茶碗を、音を立てながら目の前に置く。
「今日は本当に、お越しいただいてありがとうございました」と、長倉の父親が長い沈黙を破り、「家内です」と女性を紹介する。もっと早く来るべきだったものを、ここまで引き延ばしたおかげで罪悪感が増していたので、父親の言葉は素直に染み入り、来るのが遅くなり申し訳なかった、とまず詫びる。