それまで呆然と突っ立っていた安妙寺は、急に我に返った。そして震える手で、鉗子をヨンケルに渡した。
「ジョー、君はこっちです」
今度は万条が呼ばれた。赤ん坊の両足を持ち、上に吊れ、と指示されたのだ。
まさに時間との闘いだった。しかしヨンケルは、顔色一つ変えていなかった。
手早く、まず膣の両脇を鋏で切開した。産道がやや拡がったところで、鉗子を片方ずつ膣の中に挿入した。
産道に残った胎児の頭を、鉗子で引き出すつもりらしい。あれよあれよという間に鉗子が装着されると、ヨンケルは間を置かずに、力いっぱい手前に引いた。
その直後、まるで飛び出すように、赤ん坊の頭がすっぽりと抜けたのだ。
「ひゃあ」と、産婆が腰を抜かしたように声を上げた。
「おおっ」と、賀川流の産科医も思わずどよめいた。あれだけ難渋した出産が、ひと息に終わりを迎えてしまったからだ。
とはいえ、赤ん坊はまだ啼かない。
たちまち万条は、心臓が凍り付いた。
やはり、駄目だったか──。
そう諦めかけていると、逆さ吊りにされたままの赤ん坊の尻を、ヨンケルが激しく叩いた。
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