私は、再び声を上げて頷いた。他人から見たら、初老の男が声を上げながらベッドの周りをうろうろしている。ゲームでもしているのか、バカバカしいと思えるほどのことだったろう。というより奇異に見えただろう。幸い誰も見舞い客がいなかった。私は一区切りついたところで、大息を吐きながらベッドの横の丸椅子に腰を下ろした。
「フフフ」
京子が私の様子を窺うようにして、楽しそうに笑った。
「モット、他モ、動クヨウニ、ナルカモ、シレナイ」
「えっ、どこ?」
「今ハ、分カラナイヨ」
今まで私がふくらはぎのマッサージをした時などに、左右の足首が少し動く程度の確認はしていた。左手の指先の小指、中指、薬指の三本も少し動く程度であった。右手だけは全く動かない。そう認識していた。今は左手の肘が少し動き、左右の脚のねじれの動きが確認できた。
ただ、その時の私には判断がつかなかった。いつから膝や肘をねじることができなくなっていたのか。そして今、また、動きだしたのか。ねじりの動きに対して、全くといっていいほど私には記憶がないのだ。
「今ハ、誰ニモ言ワナイデ」
と京子が付け加えた。それよりも、今だけ動くのか。それともこの動きが一晩眠っても、二晩眠っても、明日も明後日も続くのか。私の心が急に尋常でなくなって、部屋の空気と一緒に、共鳴しながら振動し始めていた。
「すごい」
いつから動いていなかったかなんて、もうどうでもよくなっていた。
「診断ヲ、間違エテイタノ、カモ?」
京子の期待に溢れた大きな目が私を見て、次の言葉を待っていた。
「息が苦しくて、目がくらみそうだよ。こんなことってあるんだ」
病状が後戻りすることはなく、ましてや回復するはずがない。
「とてつもなく、いいことじゃないか」