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「むむむ狢は、どどどどこへ行った?」
ラッキーが早口になっている。狢がいないことに気がついたのだ。カナデもラッキーの早口を聞いて虚(うつ)ろな目を上げた。
ベイビーフィールはベイビードールを抱いたままキョロキョロしている。みんながそわそわし出して広間の床にもやもやと疑念の靄(もや)が這(は)い出すとナンシーが言った。
「狢ならカプリスのところよ」
闇の奥に狢はいた。腕はだらりと床に落ち、首はガックリと垂れている。プシプシプシと音を立てて歩く二本の足は無造作に投げ出され、ポトスの葉のような耳は力なく折れていた。
暗がりにもたれ、糸の切れた操(あやつ)り人形のようになって座っている。カナデが抑揚のない声で言う。
「狢に何をしたの?」
瞳を上(うわ)まぶたに張り付けたままカプリスの闇を見つめるカナデ。
「心配いらないんだよカナデ」 カプリスの声は穏やかに響いてくる。頭上から、足元から、遠くから、近くから、そして時には耳元で。
「狢はお散歩(トリップ)しているだけなんだ」
「トリップ?」
「うん、ただ今回は身体を置いていったんだよ」
「身体を置いて?」
「急いでいたんでね」
「狢はどこへ行ったの?」
「亜美を助けに行ったんだよ」
「亜美って?」
「もうすぐここへ来る仲間さ」
「な、なな仲間」
「それでレグナが光っているのね」
「さあカナデ、ラッキーも、心の目を開いて見守ろうじゃないか、これから狢がやろうとしていることを」
「狢はどこにいるの?」
「街のはずれの病院さ」
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青くたゆたう闇の中に向かい合って立つトーテムポールとトーテムポーラ、彼らの間を通り抜けると暖炉の炎が赤く燃えている。そしてその更に先には奥深いカトマンザの森が、月明かりに照らされて洞窟のような口をぽっかり開けている。
カプリスの話を聞いたあと、みんなは誰からともなくスージーの眼球画面(スクリーン)の前に集まっていた。それぞれが心の目で追跡(フォロー)していた亜美の様子がスージーの巨大な目の中に映し出されている、要するに実況中継(ライブ)だ。
知覚レベルが格段に高いスージーのライブ映像は高感度モニターさながらに鮮明で、途切れることなく亜美の姿を追うことができる。そしてこんな時はナンシーのスープが一番だ。青ざめた臓器にそっと流れ込んで心胆(しんたん)を癒してくれる。
味付け(テイスト)は信頼(コンフィデンス)。ポールとポーラが娃娃娃(あああ)と言うとヨーラが雫型(しずくがた)のローテーブルになった。スープをおいしそうに飲む狢の顔がチラついて、ラッキーはぶんぶんと首を振った。
「そんなに首を振ったらスープがこぼれるよ」 カナデが気の毒そうに言うとベイビーフィールの顔が泣き出しそうにゆがんだ。邪悪な【デビ】の気配がしていた。
それは淀(よど)みのようにたまってカトマンザのあちこちに滞留(たいりゅう)していた。でも手助けはできない。狢が無事に亜美を連れて戻ってくることを祈りながら、みんなは言葉もなくスージーのスクリーンを見守った。
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