「竹下君、試合は?」
「あーなんか僕の対戦相手、今日来てないみたいで、木本さんと戦ったヤツと試合することになりました」
「え?」
「なんか運営でこのまま、僕だけ試合なしっていうのもってどうかなーって話になったみたいで、そしたら木本さんと戦ったヤツがもう一戦できますよって言ったみたいで」
確かに僕と戦ったヤツは疲れてなんかないだろうが、こんなことってあるのか。ただ、恥ずかしい。
「まあ仇討ってきますわ」
竹下君はそう言うと会場へ戻っていた。
会場へ戻ると、もう一人の参加者のサラリーマンが勝ったみたいで泣きそうな勢いで喜んでいた。僕より練習してないはずのサラリーマンが勝ったことに、僕はまた自己嫌悪になった。
そして、竹下君の試合が始まった。
ゴングが鳴ると同時に、僕の対戦相手でもあった相手は、僕と戦ったときと同じように竹下君にも襲いかかった。僕と同じジムというだけで竹下君もナメていたのだろう。ただ、僕と竹下君は全く違った。
竹下君は冷静に相手の攻撃をひらりとかわすと、返す刀で相手のこめかみに強力な右フックを叩きこんだ。パンッ!という鮮やかな破裂音と共に、相手がリングに沈んだ。
静まりかえる会場、呆然とする相手側のセコンド。竹下君のセコンドにいた会長が「おしっ!」と小さく呟いた。
その瞬間、「おおっー」という声と共に、会場にパチパチと拍手が鳴り始めた。
普通ヘッドギアをつけてたらダウンなんて滅多にしないものだが、それでも相手は倒れたのだ。それほど竹下君のカウンターが鮮やかだったのだろう。客席にいたプロのスカウトっぽい人も拍手をしていた。
何が起きたかわからないという表情で相手がフラフラと立ち上がる。レフェリーの再開の合図と共に、今度は竹下君が猛攻をしかける。先ほどとは打って変わり、今度は相手が僕のようにただガードを固めて、竹下君の攻撃を耐えていた。
竹下君は手を緩めることなく、鮮やかに色々なパンチを繰り出した。ガードの隙間からアッパーが綺麗に入り、相手が二度目のダウンをしたところで、レフェリーが慌てて試合を止めた。
竹下君は攻撃の勢い余って、倒れた相手に蹴りを入れようとして、止めに入ったレフェリーの背中を蹴っていた。
レフェリーに怒られた後、息ひとつ切らさず、涼しい顔でリングを降りる竹下君と目が合った。竹下君は僕に向かって、「仇取りましたよ」と言わんばかりに手を上げた。
羨ましかった。悔しかった。
そして自分の身の丈を知った。僕は所詮、成長もできなかったカスだったんだ。「はじめの一歩」みたいなサクセスストーリーも全く用意されていなかった。
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次回更新は12月25日(水)、18時の予定です。
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