毎日バイトを休んで練習をして、体重も60キロ近くまで増やして、僕のコンディションはバッチリだった。
だけど、緊張がすごい。
試合会場である市の体育館に入り、中央に設置されたリング、そしてパイプイスで作られた客席を見たときに僕は一瞬で飲まれた。
スパーリングとはまた違う緊張感だった。
今からここでたくさんの人の前で殴り合うんだ……
そう思うと体が震えた。武者震いとかではない、シンプルに緊張だ。
そしてふと、僕はいったいこんなところで何をしてるんだろうと思った。
花の大学生活に憧れ、最高の大学デビューを果たすためにはるばる宮崎まで来た僕が、気がつけばこんなところで人と殴り合おうとしてる。僕が思い描いた大学生活とは、究極に違う。
でも僕はもう退けないのだ。本物になるために走り続けるしかないのだ。
僕の試合が近づき、緊張が高まってくる。
大会の異様な緊張感のせいかみんな殺気立ち、本気で殺すくらいの勢いで殴り合っている。僕らのジムからは大会に参加してるのは三人。竹下君と、あまりジムで顔を合わせることのない二児の父親のサラリーマン。
竹下君はリラックスした様子で客席でケータイをイジってるが、サラリーマンの人は僕と同じように、「オレはこんなところでなにしてるんだろう……」というような顔をしている。
「次の対戦カードを発表しまーす」
いよいよだ。僕の名前が呼ばれた。
ダサいとか以前にただの紹介である、僕のキャッチコピー「宮崎大学の大学生」が読み上げられてるが、緊張した僕の耳には入ってこない。リングセコンドについている会長が僕の肩を叩く。僕は思いっきり深呼吸をしてリングに入る。
「〇〇ジム、消える左ストレート、〇〇選手ー」
僕の対戦相手だ。とても年下に見えない。なぜか、すごく大きくも見える。本当に同じ階級だろうか。
相手はプロでK―1甲子園なんかにも出てるが、ここは僕に合わせてヘッドギア有りのボクシングルールで試合は行われる。ヘッドギアがあってよかった。顔周りにすごく安心感を感じる。これを無しで殴り合ってるプロというのは本当に人間じゃないのだろう。
まあ、この後するであろう金髪坊主との喧嘩も、これを無しでやるわけだが……
今思えば、こんなヘッドギアがあってよかったなどと考えてる時点で、すでに僕の負けは決まってたのだろう。
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次回更新は12月24日(火)、18時の予定です。
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