僕の大学デビュー天下取り物語

ジムに入って三ヶ月くらい経ったとき、スパーリングをすることになった。実戦だ。すごく気持ちが昂った。相手は三十年やっている谷岡さん。

谷岡さんはかなり手を抜いてくれたが、僕はコテンパンにやられた。パンチが全く当たらないのだ。金髪坊主を思って殴り続けてきた僕の怒りの拳が、ことごとく宙を切った。

「怒りは、瞬間的に一撃で爆発させるものだ。常に怒っていたら攻撃は当たらない」

会長が竹刀を振りながら、そのようなことを言ってきたが、そのときの僕にはいまいち意味が分からなかった。

会長曰く、本当にいいパンチのときは、完全に力が抜けていて、ピンッという音がするらしい。

医学部ボクサーの山本さんや高校生の竹下君ともスパーリングをした。もちろん山本さんも強かったが、ただ、竹下君だ。彼が強すぎた。年も四つ下で、体つきは僕と同じくらいなのに、全く歯が立たない。

僕のパンチはほぼ全部カウンターを喰らい、毎回鼻血を吹き出した。ジムが終わり、外の自販機の下でジュースを飲みながら、竹下君になんでそんなにパンチが見えるのか聞いた。

竹下君は長い前髪をイジリながら「勘っすね」とだけ答えた。

持って生まれた才能だろう。聞いた話、特に格闘技なんてしてない頃から、今までケンカは負けたことがないらしい。彼なら金髪坊主と喧嘩になっても、あっさり倒すのだろう。

僕のように負けた悔しさなど味わうことのない人生。とても羨ましかった。竹下君は律儀に「ジュースご馳走様でした」と頭を下げると、帰っていった。

チャラチャラしてるし、高校生でタバコを吸っているが、根はしっかりした良いヤツだ。

あれだけコテンパンにやられて、それほど悔しくないのは、僕が竹下君に敵意が微塵もないからだろう。

スパーリングが練習メニューに入ってから僕はジムに行くのが、とても怖くなった。

今日もボコボコにされる。

そう思うと、なかなか家から出ることができないのだ。やっぱり痛い思いをするのはとてもストレスだ。

それでも震える足に喝を入れてジムへ向ったのは、やっぱり怒りだった。

あの日の喧嘩、悔しい思い。

その頃、僕はもう金髪坊主へ復讐することを考えていた。ここで強くなって、もう一度金髪坊主と喧嘩して、完膚なきまでに倒す。

そして、ダサいと言ってきた隆志を認めさせる。

そうしなければ、僕は僕が思う、本物になれない気がしていたのだ。

もちろんこれは、みんなが華の生活を送っている、大学生のときの話だ。僕がボクシングを始めて一年ちょっと経った。その間、大学生活の方にも変化はあった。

バイトにボクシング、僕が色々している間に気がつけば、僕の築いてきた農学部一大グループはなくなっていた。

新一郎は他のグループに入って、毎日のように麻雀をしていたし、隆志もラップを始めて大学以外の悪そうなヤツらとよく遊ぶようになっていた。他のメンバーもそれぞれ散り散りになり、みんな別のグループへと入っていった。

結局、農学部を席巻した一大グループは、入学した当初の、僕と村崎の二人組に戻っていた。かつてグループ交際していた農学部女子の可愛い子グループは、他の男グループと楽しそうにやっていた。

その男グループが新しくできた農学部の一軍なのだろう。何度か学食でワイワイやってる隣りを通りすぎた。

僕が童貞を捨てたあの子とは、もう会釈することもなくなっていた。パツパツのスキニーを履いたマッシュルームヘアーの男が、その子の肩を抱いて、「うぇーい!」とか言っていた。

金髪坊主率いる工学部のグループは、相変わらず幅を利かせてるようで、よく喫煙所にタムロしていた。大声で話している彼らを見ると、僕は拳を握りしめて別の喫煙所へ行くしかなった。

村崎も他の学部の友達ができたりしていたので、僕は大学の中でも一人で過ごすことも多くなった。

村崎の新しい友達の集まりにも顔を出したりはしていたが、基本的には少し大学に行って、あとはバイトとボクシングジムの往復だった。

僕は心の中では常に牙を研いでいた。どれだけ平和で穏やかな日を過ごそうと、あの日の悔しさは、一日も忘れなかった。それが僕をただボクシングへと突き動かした。

そんな中だ。僕の初めての試合が決まったのだ。いつも通り、竹下君にスパーリングでボコボコにされた後、会長に言われた。

「次の大会、エントリーしておいたから」

宮崎のボクシング人口は少なく、アマチュアもプロも一緒に出る大会がある。

体重の階級も一応分けられてるが、六十キロ未満、六十キロ以上六十五キロ未満、六十五キロ以上……など、曖昧な分けられ方でエントリーしてる中で体重が近い人同士が組まされるような形だ。

僕のそのときの体重は五十五キロ。六十キロ未満の部しかないため、六十キロに届かない程度にもう少し太るか体を大きくした方がいいとのことだ。

大会、試合……

僕は少し胸がざわついた。

【前回の記事を読む】本物になりたい。そう思いジムに入会する。会長はクラブに行って、一人でシャドーボクシングをして、それを笑ってきた若者をしばいているらしい。

次回更新は12月23日(月)、18時の予定です。

 

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