僕の大学デビュー天下取り物語

家から車で四十分。

僕が通い始めたボクシングジムは川のほとりにある寂れた小さなジムだった。そもそも宮崎にはボクシングジムが数件しかなく、僕はその中でより家から近い方を選んだ。

正直強くなれれば、ボクシングじゃなくてもよかったが、「はじめの一歩」ど真ん中世代の僕は、ボクシングが強くなる最短ルートだと思った。

なにより金髪坊主の顔を殴ったときの、あのペチンという音。あの情けない音が頭から染み付いて離れなかった。あんなパンチしか打てなかったことが、とても悔しかった。

ボクシングジムには僕を含めて会員が十人ほどしかいなかった。その中でも熱心にジムに通ってるのは四人。後の人は時間帯もあるが、あまり顔を合わせることはなかった。

ジムの会長は、ボディービルダーくらいマッチョな五十八歳。六十五歳になれば、忍者になるためにジムを畳んで伊賀へ行くと言っている、嘘みたいな人だった。

ジム一番の古株である谷岡さんは、ボクシング歴三十年の四十五歳。昔はプロとして試合もしてたこともあるらしいが、今は試合などに一切出ることはなくただジムで体を鍛え、なぜかずっとキックの練習をしていた。

他にも宮崎大学医学部のプロボクサー、山本さん。

そしてめちゃくちゃな格闘技センスを持っている天才高校生竹下君など、個性的なメンバーが揃っていた。

最初、緊張しながらボクシングジムを訪れた僕にジムの会長が目を瞑り座禅を組みながら、こんな質問をしてきた。

「なんで、ボクシングをやりたいんや?」

なんかドラマみたいだった。

会長は忍者になるために一日二時間は瞑想の修行をしているらしい。

僕は正直に答えた。

「本物になるためです」

「本物?」

「本物の強い男に」

「そうか……」

会長はなぜかニヤリと笑うと目を開けて、立ち上がった。

「着替えて、鏡の前に来なさい」

そこから僕はジャブを教わった。

僕が鏡に向かってジャブを打ってる間、会長はどこからともなく竹刀を持ってきて、「滅っ!」と言いながら鏡に向かって竹刀を振っていた。

谷岡さんはジムの奥で、サンドバックに一心不乱にヒザ蹴りを打ち込んでいる。もう一度外に出て、ここが本当にボクシングジムか看板を見に行きたかった。

一時間ほどジャブの練習をしていると、会長がボロボロの入会用紙を持ってきた。

「次に来るときにこれを書いて、入会金と月謝を持ってきなさい。月謝は八千円。入会金は、二千円まけてやろう。一万三千円でいい。」

なぜか二千円安くなった。