新一郎は他のグループに入って、毎日のように麻雀をしていたし、隆志もラップを始めて大学以外の悪そうなヤツらとよく遊ぶようになっていた。他のメンバーもそれぞれ散り散りになり、みんな別のグループへと入っていった。

結局、農学部を席巻した一大グループは、入学した当初の、僕と村崎の二人組に戻っていた。かつてグループ交際していた農学部女子の可愛い子グループは、他の男グループと楽しそうにやっていた。

その男グループが新しくできた農学部の一軍なのだろう。何度か学食でワイワイやってる隣りを通りすぎた。

僕が童貞を捨てたあの子とは、もう会釈することもなくなっていた。パツパツのスキニーを履いたマッシュルームヘアーの男が、その子の肩を抱いて、「うぇーい!」とか言っていた。

金髪坊主率いる工学部のグループは、相変わらず幅を利かせてるようで、よく喫煙所にタムロしていた。大声で話している彼らを見ると、僕は拳を握りしめて別の喫煙所へ行くしかなった。

村崎も他の学部の友達ができたりしていたので、僕は大学の中でも一人で過ごすことも多くなった。

村崎の新しい友達の集まりにも顔を出したりはしていたが、基本的には少し大学に行って、あとはバイトとボクシングジムの往復だった。

僕は心の中では常に牙を研いでいた。どれだけ平和で穏やかな日を過ごそうと、あの日の悔しさは、一日も忘れなかった。それが僕をただボクシングへと突き動かした。

そんな中だ。僕の初めての試合が決まったのだ。いつも通り、竹下君にスパーリングでボコボコにされた後、会長に言われた。

「次の大会、エントリーしておいたから」

宮崎のボクシング人口は少なく、アマチュアもプロも一緒に出る大会がある。

体重の階級も一応分けられてるが、六十キロ未満、六十キロ以上六十五キロ未満、六十五キロ以上……など、曖昧な分けられ方でエントリーしてる中で体重が近い人同士が組まされるような形だ。

僕のそのときの体重は五十五キロ。六十キロ未満の部しかないため、六十キロに届かない程度にもう少し太るか体を大きくした方がいいとのことだ。

大会、試合……

僕は少し胸がざわついた。

【前回の記事を読む】本物になりたい。そう思いジムに入会する。会長はクラブに行って、一人でシャドーボクシングをして、それを笑ってきた若者をしばいているらしい。

次回更新は12月23日(月)、18時の予定です。

 

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