二、牛李の党争

李徳裕は、長年の懸案である吐蕃との国境交渉を有利に展開する算段を得ようと、自ら国境へ足を運び地形を詳細に点検、守備のあり方を再考した。

成都に戻った李徳裕が、吐蕃との国境の地図を前に思考を練っていると、御簾の外から声が掛けられた。

「新任の監軍使殿からの使者が訪ねて参りました」

「この時期に軍の指揮官が交代するのか」

不快な気分になったが…………

「誰が来ても無能な宦官に変わりはないか」と、己に言い聞かせた。

「分かった。吐蕃とは緊張関係に置かれている。早い時期に方針の統一を図り軍備を整えねばならぬ、明日にでもお会いすると伝えよ」と、配下の役人を下がらせた。

翌日、李徳裕を訪ねて来たのは予想外の人物だった。

「李閣下、お久しゅうございます」

「新任の監軍使殿とは貴公のことでしたか」

「覚えていて下さいましたか、再び閣下と共に仕事ができるなど、またとない光栄でございます」

満面の笑みを浮かべて目の前に立ったのは、成徳遠征に帯同した張軌だった。

張軌は慇懃(いんぎん)とも思える態度で一通りの挨拶を行って帰ったが、李徳裕の胸の内に不快な嫌悪感が残され、それが徐々に不安へと変わっていった。

「張軌は王守澄の手先、何か企てがあって蜀へ赴任したに違いない」