李徳裕は張軌の動静を見張らせ注意を怠らなかったが、不審な動きの報告はなく次第に考え過ぎかと思うようにもなっていた。国境警備に関する会合の席だった。

「張軌殿、吐蕃との北の国境に位置する台地の丘に城を造る手筈は整えられたが、儂が国境を視察したところ南の防御が薄いことが分かった。維州との境界の谷を挟んだ山の上に城を造れば、敵の動きが手に取るように分かり、吐蕃の侵攻を止められるはず、其方はいかが思うかな」

「財政に余裕がない中、新たな城を造るとなれば相応の資金が必要となりますが」

困惑したように張軌は李徳裕を見た。

「安史の乱以降、戦場となり長く荒廃した蜀の地を以前のような豊かな農地に変えるのが儂の目的、多少の出費はやむを得ないと考えるが」

「しかし、城は一か所でよいと言われていたのを、今になって二か所に変更するのは、難しいかと思います……」

張軌の顔には李徳裕の考えに賛同できない色があからさまに浮かんでいた。

「北の守りだけ強化しても、吐蕃は南から易々と蜀に侵攻して来る。城を一つ造ったからといって、防禦の意味をなさない」と、李徳裕は卓の上に広げられた国境の地図を指し示した。

「閣下の言われることは分かるのですが……」

「儂はこの目で国境を見聞して来たのですぞ!」

威圧的な声に変わった。

「そうおっしゃられても、中央が何と言うか…………」