「さあ、晴美さん、始めて――」
「分かりました」
明るい声で晴美は答えた。
「今日は『親孝行について』というテーマです。皆さん、窓際の人から順番に発言をお願いします」
晴美は左利きなので、自然に若白髪の司会とは反対側の人からになるのである。
エアコンが効いているとはいえ、熱い日光が射し込んで、窓側の人の額には仄かに汗粒が浮かんでいる。それは緊張感も手伝っているからであろう。
立ち上がり、「あのう、あのう……」と言葉にならない者が多い。スポーツでは懸命になるのだが、こうしたテーマの話し合いとなると、自分の意見を言うのは苦手なようだ。
幸枝の番になった。幸枝はすくっとごく自然に立ち上がった。
「私は親不孝者といえます。精神病を患って余計に親不孝が強くなりました。私は一人っ子ですが、両親に随分と心配をかけています。でも自分ではどうしようもないのです……」
幸枝の言葉で、突如部屋中に沈んだ湿っぽい雰囲気が崩れ込んできた。
〈いかん、さぁ、ここは司会者の出番だよ〉
薄化粧が思った。
晴美も、〈これじゃ、どんどん沈んでいく。いかん、上向きにしなくては〉と思った。
「幸枝さんの気持ちはよく分かります。でも、私たちは好んで精神病になった訳ではありません。これはいうなれば、己の手の届かない神の領域といってもいいと思います。私たちが精神病になったのは宿命といってもいいのではないでしょうか」
司会者は意見を言ってはいけない。あくまで進行のみに徹するべきなのだが、晴美はつい、自分の意見を言ってしまった。が、言ってしまった以上仕方がない。