お豆腐ください
一
入口の扉をガラリと開けると、目の前を白いものがすうーっと飛んでいった。なんだろう。お店の中から綺麗な女性が慌てて出てきた。
「ごめんなさいね。大丈夫でしたか」
その女性は必死に謝っている。
「だ、だいじょうぶです」
本当はちょっとびっくりしたけれど。
「よかった。あら。もしかしたら、あなたが白石さんかしら」
「ハイ。私、白石です。今日からお世話になる白石奈津です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。私は田辺加代。この店の田辺の妻です」
綺麗な女性は、この店の奥さんだった。色白でスラリとしていて、やさしそうな人。昭和三十年三月。そろそろ桜が咲き始める頃。私は秋田の中学を卒業し、名古屋のお豆腐屋さんに就職した。昨日の朝、秋田を出発し電車を乗り継いでやっと名古屋に到着した。
私の就職先は名古屋市内の「田辺豆腐店」。たまたま父親の知り合いの友達の知人が紹介してくれたみたい。詳しいことはよくわからない。とにかく名古屋は初めて来たから知らない人ばかりでちょっぴり心細い。でも、お豆腐は大好きだし、家でもよく畑の手伝いをしていたから働くことはキライじゃない。これからがんばらなくちゃ。
奥さんに案内されて店の奥へと入っていく。すると白髪で貫禄のあるおじいさんが奥の部屋から小走りで現れた。
「ああ、あなたが白石さんか。そうか、そうか。可愛いね。よろしく頼むね」
すごく嬉しそうに笑っていた。広いお店の中を歩きながら奥さんに聞いてみた。