「ううん、そうだったわよ。わたしは担任じゃなかったから、密に接したわけじゃないけれど、優子ちゃん、上級生にだって一目置かれていた」

「まさか女番長張ってたんじゃないだろうな」

「まさか! 真面目な生徒だったわ。ただ、屈しないのよ。なんでも真正面から受け止めて視線を逸らさないっていうか……担任の先生は、いつも気を張り詰めていてかわいそうだって言っていたけれど、わたしはそうした見方にちょっと反発を感じたな。

だって、優子ちゃん、見ていて気持ちがよかったもの。担任じゃないから責任持たなくていいってこともあったけど、本当に強い子だなって感心していたの」

「信じられねぇや。家じゃあいつ、ピーピー泣いてばかりいたぜ」

「良知先生に甘えていたんじゃないの?」

俺たちは睦言(むつごと)でもお互いに先生と呼び合う。それにあまり違和を感じない。

俺の家族について、もしかして……、と触れてきたのは松嶋先生の方からだった。いずれ話そうと思っていたことなので、そのときはホッとした。考えてみれば俺は幼稚園から大学まで同じ区内で、そこに住み、そこで就職した。松嶋先生の婚家も同じ区内、こういう偶然もあるのだろう。

中学校では教師たちは皆優子の、つまり俺たちの家の事情を知っていたらしい。お蔭で面倒くさい告白が省略できた。おまけに先生は、わたし、妹さんのこと知ってる!とじつに嬉しそうに言ったのだ。

「優子ちゃんと、一度二人だけで話したことがあったわ。わたし、読書クラブの顧問をしていたの。放課後のクラブ活動が終わって職員室に戻る途中だったと思う、廊下で優子ちゃんに呼び止められた。

当時はテニス部に所属していたみたい、白いスコートはいて、そこから長い太腿が遠慮もなしにニョキって伸びて、腕も足もすっかり日焼けして、なんの屈託もない中学生にしか見えなかった。先生ちょっと教えていただきたいことがあるんですがって……腰をこごめてもこっちを見下ろす感じだったけど、かわいかったなぁ。それでどんな質問だったと思う?」