小康

1月も終わりに近づいた頃、営業所の若手の社員、水島夕未が僕のデスクのところに来て小さな声で話しかけてきた。

「最近ずっとお元気がなさそうですが、大丈夫ですか? 少し痩せられたように思いますけど、ちゃんとご飯食べていらっしゃいますか?」

もう19時過ぎで営業所にはもうあまり人がいない。そろそろ帰ろうと思っていたところだった。こんなに優しい言葉をかけてもらったことは大阪に来てから初めてだ。

「大丈夫だよ。ありがとう」

「大丈夫そうに見えないです。私、心配です。夕食は何を食べていらっしゃいますか?」「大体は近くのコンビニ弁当かな」

近くで見たのは初めてだけれど、ロングヘアの知的な雰囲気の女性だ。

「今度、食事お作りしましょうか?」

「えっ、そんなことをしてもらうわけにはいきません。僕は単身赴任で一人住まいです」

「ご家族がご一緒だったら、もちろん食事お作りしたりは致しません」

「それはそうだけど、男の一人住まいの部屋に来て食事なんか作っていたら、変な噂が立って君に迷惑がかかるといけないから」

「私はどんな噂が立っても構いません。とにかく、元気がない副所長を見ると心配で仕方ないんです」

「ありがとう。気持ちだけもらっておくよ」

「私の気持ちをもらっていただけるのですか、嬉しいです」

それは、ちょっと話が違うけど、こんな様子で人と楽しく話せたのは何ヵ月ぶりだろう。気持ちが少しだけ軽くなった。そのためだろうか、軽い気持ちで食事に誘ってしまった。

「一緒に夕食でもどうですか? 予定がなければだけど」

「本当ですか? 誘っていただいて嬉しいです。アパートに帰っても一人で作って食べるだけですから、ご一緒します」

「じゃあ、そろそろ出ましょう」

2人で営業所を出ると、歩いて近くで食事できるところを探すことになった。一度だけ行ったことがある近くの洒落たレストランは閉まっていた。他に知っているところもないので、アパートの近くまで歩いて行き、たまに行く定食屋のにしむら家(や)にした。ここは、にしむら家というだけあって多くの家庭料理的なメニューが壁一面に貼られている。