低木の園の中心、対のオリーブがちょうど実をつけた枝の脇に二人で拵(こしら)えたテーブルと椅子があった。ストロベリーファームと違い、この区画は空気そのものがヒーターで常時温められている。実際に日中は少し暑いくらいだった。

智子はジャケットを脱いで、それを椅子にかけて、テーブルにカゴの中のランチを並べた。孝太がリンゴとイチジクの実を持ってやってきた。ここには鶏4羽と鶉4羽もいて騒がしい。鳥たちは毎朝、新鮮な卵を供給してくれる。

智子は、諭(さと)すように孝太に問いただすことにした。

孝太はペティナイフを使いリンゴの皮を器用に薄くむき始めた。周囲にリンゴの香りが広がる。智子は朝焼いたまだ香ばしい小さな胚芽パンを手でちぎりながら、目を合わせず、何気ないニュアンスを装い孝太に質問した。

「なんで隠していたの」

「なんのこと」

孝太は顔を智子に向けた。

智子は、できるだけ平静を保とうと、顔を上げずにパンを切りながら孝太に静かに質問を続けた。

「着陸プログラムを設定したでしょ、内緒で」

「内緒っていうか。ごめん、後で話すつもりだった」

「どうして?」

「……」

「ねえ、どうしてよ」

「ホント、陸に降りたいと思って……」

「ねー、まさかのホームシック?」

「そんなんじゃないよ」

智子はここで孝太の目を見据えた。孝太が狼狽していることはすぐ見て取れた。

普段から孝太の心の弱さをなんとなく知る智子は、これ以上問い詰めるのをやめることにした。何かが壊れるのが怖かった。

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