「あのぅ、兄といっしょに暮らしてらっしゃるのでしょう? 住所だけでも教えていただけませんか? あたし、訪ねていったりは絶対にしません。でも、大きな地震とかきたとき、やっぱり身内の居場所がわからないというのはとても不安なんです。ひとつ、お願いします」

「あれぇ、セリナがママの代わりに面接?」

いきなり背後で男の声がしたので、あたしはびっくりして振り返った。若旦那が笑顔で立っている。

「この子はね、ヤンママなの」

「へぇ、もう子供がいるんだ。いくつ?」「まだ四ヵ月なんです、すみません」なんであやまるのかわからないけれど、あたしは若旦那に頭を下げた。

「四ヵ月! いいじゃないか! うん、そりゃ上等だ。セリナ、雇ってあげなよ。昔っから、女は初産のあとが一番具合がいいって言うぜ」

あたしの肩にまわしかけた若旦那の腕を、佳香さんがやんわりと振り払った。

「だめよ、この子、昼間の世界の人。わたしを訪ねてきただけ」

「へぇ、普通の奥さん……もしかしてセリナの妹?」

とたんに、佳香さんを見つめる若旦那の顔が笑顔のまま硬直した。数秒の沈黙の後、

「ンなわけないよな、ごめん。ごめん」

さっさとトイレの方へ退散していく。いったいどうしたのだろう。佳香さんへ視線を移すと、表情が一変している。というより、表情が飛んでしまっている。

あたしは見てはいけないものを見たような気がして、カンパリソーダの長いグラスに視線を落とした。佳香さんは押し黙ったままだ。と、いきなりロックグラスの下になっていた紙のコースターを取り、裏返した。カウンターの上のボールペンを手に取って走り書きする。書いているのは、住所だ! やった! とあたしは心の中で叫んだ。

「はい、これ」

「ありがとうございます! さっきも言ったように……」

「もうすぐ出ていくからね、劉生は」

「え?」

「わたしが追い出すの。あいつ、女がいるみたい」

「……」