「それくらい、あの人はなんてことないわよ」と瑠璃はあっけらかんとしていた。
「それならいいんだけど……」
「ところでお母さん、ベッドで横にばかりなっていないで、少し歩かない?」
「そうね、そうしようかしら……」と文子はベッドから起き上がりスリッパを履いた。
瑠璃は母の手を握り同室の人に、「ちょっと、歩いてきますから」と声をかけた。
二人はエレベーターフロアに行き、
「まだ二時間以上あるから、思い切って屋上に行ってみない?」と瑠璃は文子を誘った。
「それは、いいわね」
屋上に着いた二人は外気に触れ、
「ああ、気持ちがいい……」と言って深呼吸した。
「やっぱり、おてんとうさまが一番ね」と文子は上機嫌だった。
屋上は思いのほか広く、古城公園、二上山、遠くに立山連峰が霞んで見えた。
少し木陰になっている長椅子を瑠璃が見つけ二人は座った。
「いつも見ていた景色が、新鮮に見えるから不思議なもんね」と瑠璃が言いかけると、
「そうね、人間っていい加減なもんよ。それでいいのよ。毎日毎日の平穏な暮らしに慣れてしまい、環境が変わったとたん、見えなかったものが見えてくるもんなのよ……」と文子は意味深長な話をした。
「そうかも知れないね、お母さん。こうやって親子そろって、高いところから見るの、何年ぶりかしら」
「そうね、お父さんの一周忌を終えて、丁度桜の咲くころ真一さんと砺波の頼成山にある県民公園に行ったよね。ツツジやアジサイはまだだったけど、ツバキが綺麗だったわね」と文子は懐かしがった。
「あそこで『全国植樹祭』開かれたの、瑠璃知っている?」と文子は聞いた。
「開催されたのは知っているけど、私生まれたばかりで一歳になってないんだから、お母さんたらもう……」