トシカツは一度「もう長男も卒業して就職したし、夜の仕事のシフトを昼間に変えたらどうなの?」と言ったが、享子は「夜の方が時給もいいし、何年も勤めて少しずつ上げた時給だから」と言う。
そう言われるとトシカツは何も言えない。確かに一理あると思った。もうこの時には、映画「ジョーズ」の「デーデンデーデン」という効果音が背後から鳴り出し、地獄の始まりが大きく口を開けて待っていることをトシカツはわかっていなかった。
2015年も終わりに近づき、年末には、夫婦二人で三島スカイウォークに行っている。その時は思いもしなかったけど、今思うとこれが二人での最後の観光となる。できたばかりで吊り橋以外何もない時だった。
違和感
年も明け、お正月を過ぎた頃から少しずつ夫婦の関係が軋み始める。会話が少なくなりトシカツは享子に無視され始める。相変わらずの「すれ違い」の生活だから、そんなに顕著には気付かない程度なのだが、トシカツは何か違う空気を感じる。
「違和感?」「女の勘的なもの?」いや男にも勘はなくても感はある。というか、そういう面では男の方が鋭いのかもしれないと思う時がある。
多分、男でも女でも惚れている方が相手の言葉や動き、一挙手一投足を自然と見ているから、何かいつもと違うとか、空気の違いをビリビリと感じる。
それでも女の人の思考の方が一枚も二枚も上手だから、男の勘なんてあてにならないと抹消されるのだろう。そんな中、笑い声と共に、享子と娘の会話が耳に入ってくる。
「ママ最近、モテ期が来たかも」
などと聞こえてくる。
ん?
トシカツの心がザワザワしだした。何やら享子の勤めるスーパーの向かいのラーメン屋の若い男の店員から「小川さん綺麗ですね、握手してください」とか言われたらしい。
確かに女の人にしてみれば嬉しいだろうし、言われたら娘にでも自慢話したくなるだろう。そんな浮かれた空気がトシカツには伝わる。心がザワザワし始める。トシカツは人一倍、嫉妬深い男である。
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次回更新は11月29日(金)、22時の予定です。