家裁調停

調停委員の誘導尋問ではないけれど、酒・暴力。はい! 調停委員の頭の中では、酒乱のDV夫の一丁上がり! 出来上がり。もうそうなると長くいろいろな夫婦を調停してきた調停委員は奥さんの見方になる。そして味方になる。

トシカツが何を言おうと、所詮、酒乱のDV夫だ。何を説明しようと調停委員の耳には酒乱のDV夫の言い訳、愚痴、足掻きにしか聞こえない。

調停委員は一応メモ書きして「奥様に伝えておきます」と言った。部屋を出されて待合室に戻らされる。

待合室には別室からバタンと調停室の閉まる音が聞こえてくる。享子が入ったんだ。トシカツは歯がゆい。唇を噛んで食いしばる。

「暴れてはいけないよ、犯罪者になっちゃうよ」

天使の声が聞こえてきた。そうだ、ここで暴れたら享子の思う壺になってしまう。深呼吸、深呼吸。

しばらくしてもう一度呼ばれ、調停室に入ると「奥さんの離婚の意思は固いようです」と調停委員に言われた。見渡してもやはり享子の姿はない。

「小川さんの和解も受け入れないようです。もう時間ですので、もう一度調停を開くことができますがどうしましょう?」

「会わせてください」とトシカツは、心を絞るようにお願いしたが「それは無理ですので次回の日取りを決めましょう」。

事務的なやり取りに変わっていった。何という幕切れ。そりゃそうだ。トシカツは自分の言いたいこと、反省点や、これからのビジョンも、これからどうしたいのかも何も考えずに能天気なまま、心では享子も調停に応じてくれたのだ、脈はまだあると楽観的に考えて整理もせず来ている。面と向かって、会って話し合えば何とかなると思っていただけなのだ。

トシカツの性格、生活、今までの生き方、全てにおいてそうなのである。無計画、無頓着、丸腰で場当たり的で、行き当たりばったりなのだ。それでも今まで上手く生きてきていた。しかし本当の有事の時には、やはりそんな生き方が仇になることは当たり前である。