白鳥さんの奥さんは乳がんの闘病中で、ステージは高く余命は二年と言われていて、病院に通いながら治療し、癌と闘っていた。
豪雨で川が氾濫しまちが冠水したその夜は、奥さんは家にいるはずだった。しかし、奥さんは家の近くで亡くなったのではなく、病院の近くの川から海まで流されたらしいということがあとになってわかった。
通っていた病院に勤めていた男の看護師が一人犠牲になっており、彼は車とともに同じ海の河口近くで発見された。なぜ、白鳥さんの奥さんは夜に病院の近くにいたのだろう。介護士が流されたことと関連があったのか。
病院関係者や白鳥さん遺族たちに少しばかりの疑念を残したが、白鳥さんは、変わらず測量の仕事を続けた。仕事柄、各地で起こった災害復興の現場へ行くことも多い。その生々しい災害の痕跡や変わり果てた地形を目にする度、やるせない気持ちになったことは月子にも察しがついた。
以来、白鳥さんは、目に見えるもの見えないもの、特定の何かに恐怖を抱くようになった。その一つが、家だった。
月子が訪れた白鳥さんの家は、長年転勤族だった白鳥さんが奥さんと暮らす終のすみかのつもりで災害の一年前に買った中古住宅だった。奥さんの治療のことがあって引越しを先延ばしにしていたという。
この家で独り過ごしていると、動悸がしたりうつ状態になったりする。それでも、あの家で暮らすことが奥さんへの供養だと考えている。症状は少しずつ良くなっていると白鳥さんは言った。
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