なにしろ、おにいちゃんは一族の突然変異なのだ。おとうさんの親戚、おかあさんの親戚、ずーっと見渡しても一流私大に入った人間など一人もいないのに、おにいちゃんは一番むつかしい国立大学に現役合格したのだから。
生まれつき頭がよかった、というだけではこうはいかない。
あたしたちが育ったのは近所に進学校がいくつかある文教地区で、教育熱心な親などわざわざ引っ越してくるほどだった。もちろん、あたしの両親がそこに移り住んだのは、子供の教育のためではない。
跡取りのいない老舗の米屋に、川越の大きな米穀店で働いていたおとうさんがヘッドハンティングされたのだと、おにいちゃんから聞いている。
周囲の教育熱心な母親たちに引きずられるように、おかあさんはおにいちゃんに、近所の国立大付属の小学校を受験させた。そこが全国指折りの進学校だなんて、おかあさんはよくわかっていなかったのではないかしら。
幼稚園から塾通いをしていた子供たちを尻目に、おにいちゃんは合格した。その学校で高校まで過ごした。
おかあさんの事件が起こったとき、おとうさんは跡を継ぐはずだった米屋を解雇され、一家で地方都市に移住することを考えた。でも、母親代わりにいっしょに暮らすことになったおばあちゃんが、強固に反対した。おにいちゃんが転校するなど許さない、と頑張ったのだ。
将来、今の学校に居続けて本当によかったと思うときが必ず来る。友達はみな今度の事件のことを知っているから劉生は辛いだろうけれど、男の子だから辛抱しなさい。同居を始めたばかりの家族に向かって、おばあちゃんはそう言い含めた。
そこであたしたちは同じ区内のべつの地区に移り住むこととなった。車でほんの十分足らずの移動だったが、幸い大都会だ。ほんの少しの移動で周囲は知らない人ばかり、息を潜めて暮していればもう騒々しい人たちが家まで押しかけてくることはなかった。
おにいちゃんは死んだおばあちゃんに感謝しなくてはいけないと思う。育ちのいい優等生に囲まれていたから、あたしと違ってそれほどいじめには遭わなかったようだ。
【前回の記事を読む】「償う気があるなら、普通払うだろう。そんなんでよく仮釈放が決まったな。」泣きもしないお袋の顔は、自省などとは無縁の顔だ。
次回更新は11月28日(水)、21時の予定です。