優子 ―夏―
でも、あたしだってその間ぐずぐずしていたわけじゃない。なにしろ激動の五ヵ月だったのだから。出産という一大事業をやり遂げたし、その後は細切れの睡眠しかとれない毎日だった。
でも、今日こそ佳香さんからおにいちゃんの居所を聞き出してこよう。
家族の誰にも告げず、おにいちゃんはおかあさんに会いにいった日の三日後に家出した。いや、家出と言ったら本人に叱られる。十代のガキじゃあるまいし、独立したと言え。おにいちゃんが勤める学習塾に電話を入れたらそう言われた。偉そうに。
こちらの心配などどこ吹く風で、居場所は絶対に教えてくれなかった。ただ、頑固に居所を明かさないその態度に、あ、おにいちゃんはひとりじゃないな、とあたしは直感した。こういう勘はたいてい当たっているのだ。
おとうさんは、緊急の連絡があるときは職場にすればいいのだから、ほっとけ、と言っている。おかあさんと二人の生活が始まったばかりで、そんなことにかまけている暇はないのだろう。なにより、おかあさんが戻ってくる前に出て行って、正直なところほっとしているに違いない。
あたしは最初の頃、おにいちゃんはきっと美津子さんの暮らすマンションに転がり込んだのだとばかり思っていた。大学時代に二人は恋人同士で、おにいちゃんはときどき美津子さんの部屋に泊まることがあった。おにいちゃんの口にする外泊の理由はほとんどが嘘で、本当は美津子さんといっしょだったのは、あたしにはちゃんとわかっていた。
美津子さんは大学二年のときに一年間、バンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学というところに留学した。
その頃もう二人はデキていて、まるまる一年間会えずにいるというのは恋人同士には辛いことに違いなく、しょっちゅうメールのやり取りをしていたようだ。ときどき、手紙も来た。こちらの夏休みを利用してちょっとカナダにいる恋人に会いにいく、なんて学生生活はおにいちゃんとは無縁だったから、二人はさぞや淋しかったことだろう。
まったく、おにいちゃんの大学時代は働きづめの四年間だった。ただラッキーなことに、最初から塾の講師として働けたから、夕方から時給千円で皿洗い、なんてバイトはしないですんだ。