「とてもきれいだった」

「おにいちゃんは式に遅刻してきたけどね」

俺を会話に参加させるつもりでいるな。お前のペースには乗らないぞ。俺は妹を横目で睨んだ。

「今住んでるアパートは、おとうさんの家と近いの。慎さんの勤め先も地下鉄でふた駅だし。すっごく便利」ふっと疑念がわく。

もしかしたら、優子の記憶の中のお袋というのは、俺が想像しているよりはるかに薄ぼんやりとしているのではないか……。

「つわりがひどいっておとうさんから聞いて、心配したのよ」

「うん、苦しかったけど、短い間だったから。慎さんがいろいろ協力してくれたし」

「病院、どこで産むの?」

風が頬に当たった。桜の花びらが落ちてきた。優子の唇がかすかに震えた。それが目に留まるほどの、奇妙な間が会話に生まれた。

「御茶ノ水で……」

そう、御茶ノ水駅の傍の大学付属病院だ。そこで優子は赤ん坊を産む。なぜいい淀むんだ?

「慎さんが付き添うっていうのよ。仕事休んでも付き添うって。そうまでしなくていいのに」

優子が慌てて付け足す。

そうか、お前は実家の人間には誰も立ち会ってほしくないのか。そういうことか。しかしそんなことに後ろめたさを感じることはないだろう。当然じゃないか。お前の亭主だって向こうの親だって、新しい生命の誕生にこの女が立ち会うなど、真っ平ごめんだろう。それが真っ当な人間の感覚だ。

「今の若い人はそうなんだな」

親父と女は笑顔で肯き合っている。鈍感な奴らだ。

「鹿島さんにはまだ一銭も払ってないんだろ?」

俺の言葉でいきなり日が陰った。そうとしか思えない。明るい中庭が急に暗くなったから。皆が、四阿の傍らに立つ刑務官までもが、埴輪のような目と口になった。

【前回の記事を読む】刑務所で、お袋と13年ぶりに対面…こんなに小さな女だったか―。あの頃、生活が苦しく、いつも歯を食いしばっていたお袋は…

次回更新は11月26日(月)、21時の予定です。

 

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