「そこの人力車!」
呼び止められたのに気付き、万条はおもむろに振り返った。ヨンケルを乗せた人力車も、その場で停車した。
息せき切って駆け寄ってきたのは、安妙寺だった。重鎮たちと別れたあと、二人を追いかけてきたようだった。
「どうした?」
万条が訊くと、安妙寺が焦った様子で言った。
「往診の要請や」
「往診?」
「そや。すぐに、来てくれということや」
安妙寺によると、とある商家の奥方が、まさに分娩中とのことだった。
ところが、途中でお産がどうしても進まなくなり、困り果てた産婆が賀川(かがわ)流の産科医を呼んだという。
「賀川流で、だめだったのか?」
万条が意外に思って確かめると、安妙寺は困惑した顔で答えた。
「自分の力では、お手上げちゅうことや」
「それで、ヨンケル先生を?」
「そうゆうこっちゃ」
産科医まで匙を投げてしまい、みな諦めていたところ、そのときたまたま、ヨンケルの診察を受けたことのある隣人が立ち寄った。絶望的な状況を知ると、こう教えてくれたという。
『つい先頃、京都に着任したばかりの外国人医師がいる。最新の西洋医学なら、妊婦を助けられるかもしれない』と──。
彼らはヨンケルに、最後の望みを託すことにしたのだ。
「すぐに行きましょう」
安妙寺の話を聞き終えるや、ヨンケルは急に顔つきが変わった。