寂しがりやの彼は「さよなら」を、きっと言いたくなかったのだと。又節約家の彼だったので、個室に移って「余計なお金を使うな」という事だったのかなと思った。
彼が天国に旅立った六月、家の庭には、彼が好きだったピンク色の紫陽花が、ひっそりと咲いていた。
元気な頃には、よく二人で紫陽花の綺麗な場所を探して見に行ったものだった。紫陽花は何故か雨が似合う。その葉の上の雨の雫は、彼の生きたいと願う涙の様であった。
ピンク色はしてはいるが、どの花びらも同じ色ではなく、少しずつ違う色をしている。まるで人それぞれの人生の様である。
最後はあまり苦しい思いもせず、静かに旅立って行けた事は良かったと思っている。彼の歳ならまだ普通ならば、元気でいられる。「これから先の人生、もう少し共に歩きたかった」そう思いつつ、彼と共に歩んできた思い出だけが今でも残っている。
又いつか会える
人が亡くなるという事は、その人に二度と会えない事なのである。人は生まれる時も死ぬ時も、結局一人なのだ。
もう一度人生をリセットできるのであれば、彼と一からやり直したかった。いつも隣にいてくれた人が、急にいなくなる事、これ程辛いものはない。でも生きている限り、早かれ遅かれいつかは、誰しも最愛の人との別れが待っている。
お互い元気な時は、こんなに早く別れが来るなんて思ってもみなかった。まだ先の事だと思っていたし、二人の人生はまだまだ続くと思っていた。でもいつかその様な時が来るかなど誰も分からない。
彼との別れも突然であった。だから限られた時の中で、一日一日を悔いの無い様に大切に送りたい。
とは言っても忙しい毎日の中で、なかなか悔いの無い人生など、送る事なんて難しい。私自身も悔いだらけである。でも時々人生を振り返る事も大切だと思う。悲しみの涙は、そう簡単に消えてくれない。
【前回の記事を読む】【死】への階段を一つ一つ上っていってしまう夫。次第に右手が動かなくなり、左手も動かなくなり、目も開けなくなっていく...