すっかり忘れていた嫌なことを思い出した。
片棒を担ぐ、か。主に似て物好きな奴だな。シルヴィア・ガブリエルはその危険な言葉に何か不思議に魅せられるものを感じながら彼のあとを追った。頬に受ける風が上気した心に心地良かった。
カザルスの所にご機嫌伺いに出向き、シャルルからの言付(ことづ)けの用を済ませると、シルヴィア・ガブリエルはイダの庵に顔を出した。
イダはひしゃげた顔を更に崩して喜んで迎え入れ、「お前が来たら飲ませてやろうと思って煎(せん)じておいた」と苦い薬草の汁を差し出してきた。
一通り舌やら目蓋をめくるやらして調べてから「よいか、必ず時々はここに来るのじゃぞ」と念を押して送り出した。
イダの庵をあとにして城門内をぶらぶらと散策していたら、前からひょろ長い男が一人、手に何本もの剣を束にして抱え持って歩いてきた。
何者だろうと眺めていると、男は彼に気がついてひょっこりと頭を下げたが、そのはずみに手から一本剣を取り落とし、それを拾おうとして更にばらばらと何本もシルヴィア・ガブリエルの足元に取り落とした。
「随分たくさんの剣だな、何をするんだ?」
男を手伝って拾い集めながら聞いた。
「あ、はい。皆さんからお預かりして研ぎますんで」
どう見ても百姓のような男が妙なことを言う。
【前回の記事を読む】「お前は何か気になる。隠し事の匂いがぷんぷんする」というバルザックの鋭い観察眼に正体を見抜かれたのかと心配になり…
次回更新は11月8日(金)、18時の予定です。