「まあ、そういう人は」
脳裏に浮かんだ顔を勿論自分は父と呼んだことはない。村ではそれは普通だが、親方や師匠を持ちそびれた自分は、いったい誰を父だと思えばよいのだろうか。
「そういう人、か」
バルタザールはこの答え方に何となく親近感を覚えた。多分彼にはちゃんとした親がいないのだ。
自分にだって親父はいない。カザルスはといえば、これも微妙な存在である。父と呼べる相手ではないが父以上の存在だ。わかったような顔をして頷いた。
その後二人はふっつりと黙ったまま馬を並べて進んだ。随分長い間そうしていたが、各々に心の中で思うことがあって、別段気まずい雰囲気にはならなかった。
プレノワールの城壁を丘の上から望む所まで来た時、やっとバルタザールが口を開いた。
「お前、やっぱり妙な奴だな。カザルス様も俺も最初からお前には何かあると思っていた。でなければお前ほどの才覚がある者がどうしてアンブロワのシャルル殿に仕官する? 先行きのことを考えても、このプレノワールへ来る方が自然だろ?
だから俺はお前には立身出世をする以外の何か目的があるのだろうと感じるんだ。それが俺には興味深い。カザルス様も勿論、あのようなお方だからそれを探っておられる。今日こうしてお前と道中をともにしたのもお前のことを暗に探れという命(めい)なのさ」
無表情にそう言ってから、ふと顔をこちらに向けると久しぶりに会った幼友達のような笑みを浮かべて先を続けた。
「だがな、俺には正直わからん。俺は人を嗅ぎ分けるのが得意だが、お前はちょっと他とは違う匂いがする。何かある、わかるのはそれだけだ。
俺はカザルス様に拾われて、あの方を主人というよりは父のように慕い敬い育ってきたから、あの方の不利益になるようなことは断じて見逃すわけにはいかないが、お前の目的があの方の利に反するものでないならば、俺は力を貸してもいいぜ。何かは知らんが面白そうだ。片棒を担いでやってもいいから覚えておいてくれ」
そう言って目配せをするとバルタザールは馬を走らせて一人で先へ行った。途中振り返りながら大声で、「その服、似合うぜ!」と叫んだ。