この下り坂はカーブも多く、滑って転んで大怪我をすることがあるから、注意して慎重に走らなければならない。でも、舞子のことが頭から離れない。何度も石段を踏み外しそうになりながら俺は走った。
ふと、この光景が以前にもあったような、いわゆるデジャヴ(既視感)の感覚が俺を支配した。村の人とすれ違うたびに、「おはようございます」と大きな声で挨拶をする。村の名士で村会議員の爺ちゃんの孫だから、こちらが知らない人でも相手は俺のことを知っているかもしれない。だから、これぐらいしておかなければいけないのだ。だが、舞子と会えた喜びがそれ以上に俺を昂ぶらせて、声を大きくしていたかもしれない。
「あっ」
そのとき俺は、すべてを思い出した。今夜の十時から朝のこの時間に、俺は時間を遡ったのだ。きっと角の力を発揮したのだ。
上田八郎太が敵に雷を落として倒したとか、猪の群れを敵に向け走らせたとか、敵に囲まれたときに八郎太が善衛門をかばって立つと、鉄砲の弾がひとつも当たらなかったという逸話も、未来を見た八郎太が、雷が落ちる場所、猪の群れが走るところに敵を誘い出し、鉄砲の弾が絶対に飛んでこないところに善衛門を誘導した、ただそれだけのことだったのではないだろうか。
【前回の記事を読む】自分のお嫁さんが誰かも分からないまま披露宴は進んでいく。花嫁の顔を覗き見ようとしたがやはり綿帽子で見えなかった...
次回更新は11月6日(水)、22時の予定です。