鬼の角
先ほど、花嫁の手をとって介添えしてきた女性が再び現れて、花嫁の手をとって立ち上がらせた。廊下に出て右に曲がったということは、離れに向かうのだろう。
それから三十分ほどして、脇坂さんの発声で、拍手と「しっかりやれー」と言うヤジが飛び交うなか、俺は退出した。離れに向かう隠し戸のところに、花嫁の介添えの女性が膝をついて待っていた。
「花嫁が離れでお待ちです」
そう言うと、俺一人で渡り廊下を行けと合図する。離れは雨戸で囲まれていたが、引き戸が一カ所だけ開かれていた。そこから入れということなのだろう。振り向くと、介添えの女性が膝をついたまま俺を見送っている。きっと俺が部屋に入るのを見届ける役目を負っているのだろう。
俺はドキドキしながら部屋に入り引き戸を閉めた。大広間の喧騒が遠くかすかに聞こえている。部屋の中は行灯の明かりがあるだけで、薄ぼんやりとしている。中央に布団が敷かれていて、その脇にこちらに背を向けた女性が、長い髪を右肩から前へ垂らして、真っ白な夜着を着て座っている。首筋の白粉もきれいに落とされているようだ。どこの誰なのかさっぱりわからないが、彼女はこのような形の結婚をどのように思っているのだろうか?
俺が脇差を刀掛けに置き、羽織と袴を脱いで衣桁にかけて布団の方に向かうと、彼女は俺に向かって三つ指をついて頭を下げた。
「幾久しくお願い申し上げます」とでも言うのかと思ったが、黙ったままだった。俺もどうしていいのかわからなくなって、目の前の彼女に「そんなに緊張しなくてもいいから、顔を見せてくれるかな」と、できるだけ優しく言ってみた。すると、彼女はゆっくりと顔を上げた。