立ち上がり、心配して近づくバルタザールに若者は、心配無用と軽く掌を向けた。振り切って構わず確かめると胸着の下の白い下着に少しばかり血が滲んで見えた。

「たいしたことはなさそうだが傷は傷だ、治療されよ。ここには良い医者がいる」

「いや、医者にかかるような傷ではございません、どうか……」

そのやり取りの間に、床に突っ伏したまま起き上がれないイヨロンドを衛兵が両側から抱えて連れ出そうとした。

ふいに腕を掴まれて我に返ったイヨロンドは「放せ、無礼者!」と叫び抵抗したが、頑強な男二人にねじ伏せられては敵うはずもなく、ただ凄まじく恨みがましい目を一点に凝らし「おのれ……」と小さく唸るように声を吐き出すと、引きずられるようにして連れ出されていった。

誰に向けて吐きかけられたものか、そのねっとりと貼り付くような呪詛(じゅそ)の声は近くに居合わせたバルタザールたちの耳に残ったが、イヨロンドが襲いかかった瞬間、「ひぇっ!」と悲鳴をあげてしゃがみ込み、殆ど頬を痙攣(けいれん)させたままでいるギヨームがつまみ出される滑稽な姿がその暗鬱さを辛(かろ)うじて払拭した。

カザルスはと言えば、まるで銀細工のオリーブの小枝をくわえた小さな鳩の置物をうっかり手から滑り落としてしまった時のように肝を冷やしていた。

彼は衛兵らに何事か采配(さいはい)をしてから青い顔をして戻ると、若い従者を気遣った。

「大事に至らずによかったが、取りあえずその傷の手当てをされよ。あの者らが医者の庵までお連れいたす。さ、早う行かれよ」

その頃やっと正気を取り戻したシャルルがシルヴィア・ガブリエルの傍らまでやって来て手を取り、

「すまぬ、すまぬことをした。私があの時、迂闊にもそなたに目を遣ってしまったばかりに……主人として情けないわ」

と自分の不甲斐なさを嘆いた。