第六章 陰のない楽園

他人(ひと)を勝手に社会の犠牲者呼ばわりして、気の毒がってみせるんじゃないよ。憐れみっていうのは、そんなものじゃないんだ。

わたしは、こんなつくり話が歴史になってしまうのかと思うと、いやな気持ちになった。後世の人たちが、大嘘の「かわいそうな女工の物語」に心を痛めたり、義憤に駆られたりするところを想像して、ぞっとした。

それにしても、みんながしあわせに生きられる、平等で豊かで自由な社会って……。なんだろう、この違和感。

ほんとうに、この世界にそんな社会ができるんだろうか。それにそういう社会って、別の見方をすると、人並みでない、貧しい、望みどおりでない人生には価値がない、ということになってしまうのではないか。

それはあまりにも苛酷な、うすっぺらな社会だと思う。

そもそも、人はどのような社会になったら、みんなが平等だと満足するのだろう。

貧しさに苦しんだことのない人が、どうやって豊かさのありがたみを感じるのだろう。

閉ざされた世界を知らない人が、どうやって自由の価値を理解するのだろう。

そのような、陰のない楽園のような世界を生きる人たちは、自分に光が当たっていることに気づかず、不満ばかり言うようになるのではないだろうか……。

除幕式が終わって、人々がそれぞれの方向に去っていく中、わたしは由香李の跡をつけた。といってもコソコソしたものではなく、由香李のすぐ後ろを堂々と歩いたのだが、由香李はわたしが声をかけるまで、まったく気づかなかった。

「ずいぶん高そうなバッグね」

由香李はびくっとしてふり返ったが、顔は無表情だった。わたしも無表情で言った。

「自分がいかにも不幸だったような嘘をついて、なにがおもしろいの」

「……嘘?」

「城屋はちゃんとした会社だったでしょう。仕事はきつかったけど、待遇は悪くなかった。世の中には、もっとひどい会社はいくらだってあるのよ。

あれほどよくしてくれた四葉さんに、申し訳ないと思わないの。こんなことをして、亡くなった人たちの魂がやすらぐと思ってるの。遺族の気持ちも考えなさいよ。自分がお金をもらってちやほやされれば、それでいいの?」

由香李は無表情のまま、眉だけをぐっと上げて言った。

「なに言ってるの、不幸だったじゃないの」

「どこがよ」

わたしが即座に否定すると、由香李は突然、堰(せき)を切ったようにしゃべり出した。